LOCAL FOOD CYCLING(以下、LFC)の代表・たいら由以子さんに会いに、福岡へ行ってきた。
初めて出会ったのは、約2年前。共通の知人を介して、真夏の渋谷のカフェで会った。たいらさんは、LFCを立ち上げる前、その前身ともいえる『循環生活研究所』というNPOをお母さんと一緒に立ち上げ、堆肥の作り方や家庭菜園などの講座を年に300回も開催。それを約20年間も続けてこられた、僕にとっては社会活動家として大先輩である。(『循環生活研究所』は、後進のメンバーたちが今でもバリバリ運営している!)
なので、若干の緊張を感じながらお会いしたのだが、最初にお互いがどんな思いで活動をしているのかを話したら、あっという間に緊張がスッと溶けて、そこからは昔からの友達と話しているような心が休まる会話となったこと。話すのに夢中になって、手付かずで置いたままのアイスコーヒーのグラスの周りに付いた水滴がとてもきれいだったこと。それを見て、このきれいな水の粒みたいな空気の人だなと感じたことを、今でも鮮明に覚えている。
それから、数日後には、とあるプロジェクトにお互いが呼ばれるという不思議な縁がもたらされ、帰りの道すがら歩きながらこんな会話が始まった。
「小倉さん。ニューヨークのアーバンファーミングだって、最初は本当に小さな小さなスペースから始まりましたよね。私たちも、小さな場所から始めちゃいましょうよ」
「やっちゃいましょう。たいらさん。世界のアーバンファーミングに向けて、日本からの回答を、ここ渋谷から、僕たちで作りましょう」
この時から、LFCとUFCのストーリーが始まったんだ。
生ごみから堆肥や培養土を作る人と、土から野菜を作る人が手を繋げば、そこには生ごみ〜土〜野菜〜食べ物〜残渣〜堆肥という小さな循環の輪が生まれる。
もしかしたら、LFCという名前は知らなくても、このフェルト生地のバッグ型コンポストは見たことがあるという人も多いのではないだろうか。UFCでも、このバッグ型コンポストを使って、自分の生ごみを堆肥化しているメンバーもたくさんいる。
少し、お堅い話をすると、地球は今、人類史上最大の岐路に立たされている。僕たちが、これからも、これまでと同じ生活を続けていくと、地球は壊れてしまい、元の姿に戻ることは出来ないと、2021年8月に発表されたIPCC(国連による気候変動に関する政府間パネル)の6次報告書には、はっきりと書かれている。
人類が立たされている、大きな岐路で、僕たちは出会った。これは偶然なのか、必然なのか。いや、そんなことはどうだっていい。少なくとも、この出会いが、かけがえのないものだと、お互いに感じ合えていることが大切なんだ。
たいらさんとは、初めての出会い以来、今でもずっと、LFCとUFCのスタッフを交えながら毎週水曜日の夜にオンラインで対話している。「都会から始める 半径2kmの栄養循環」をコンセプトにして毎月イベントを開催しているプロジェクト『SHIBUYA SOIL SESSIONS』のことを打ち合わせすることもあるが、お互いに最近読んだ本のことや好きな音楽、映画や食べ物のこと、最近ではお互いにサウナが好きになったのでそんな話まで、時にはお互い画面の向こうでビールを飲みながら話していると、一見、仕事とはつながらないような会話を重ねているうちに、新しいアイデアが生まれたりするのだから、やっぱり相性が良いのかもしれない。
その相性とは、なんというか、自分のことよりも、相手の言葉に耳を傾けるという会話の姿勢にあるようにも思えるのだが、兎にも角にも、何度も東京では一緒に活動をして、食事もしたりしているたいらさんの拠点にお邪魔したくて、遊びに行かせてもらった。
最初に連れて行ってもらったのは、ちょうどその時間に『循環生活研究所』のメンバーたちが開催している堆肥作り&家庭菜園講座の現場。びっくりしたのは、その畑の土。真砂土という、砂のような白いサラサラな土が広がっていたからだ。一般的には、水はけが悪く、養分も少ないため、野菜を育てるのには向かないとされている土だ。ところが、その真砂土の畑で、サツマイモやナスがしっかりと育っている。関東の黒ぼく土に慣れているぼくからすると、こんな土で農薬や化学肥料も使わずに野菜を育てることができるの?と怯んだのだが、答えはすぐに分かった。畑のあちこちに、メンバーたちが自作した木製のコンポストがたくさん並んでいる。中を覗くと、雑草や野菜の残渣がぎっしり積まれている。隣のコンポストも覗いて見ると、こちらは微生物たちがしっかりと分解をした完熟化された堆肥があった。この自作した堆肥を使って土作りをしているから、見た目は栄養分が少ないとされる真砂土でも、きっと土の中ではたくさんの微生物と分解された栄養素がいきいきと働いているんだろう。土ってやっぱり面白いなと思っていると、講座は、ホームセンターで誰でも買えるコンポスト容器を使って、誰でもできる堆肥の作り方の実践が始まっていた。
ふむふむと興味深く講座を聞いていると、やけに存在感を放つ竹かさ帽子を被った老齢の女性がいる。
『あ!のぶばあだ!』
のぶばあとは、たいらさんのお母さんの愛称で、今から50年くらい前から、コンポストでの堆肥作りのやり方、その堆肥での土の作り方、そして、有機で野菜を育てるやり方も、独学で編み出したすんごい人だ。若手のスタッフが汗をかきながら講座をしている様子をじっと見つめている。そして、講座が、畑で畝を立て、そこにサツマイモの苗を定植するパートに移ると、のぶばあが最初にお手本を示すように作業を始めた。鍬を持ったのぶばあの動作には、無駄な力が入っていない。まるで武術の達人のような所作だ。見ていて惚れ惚れする。わずかな動作の向こうに、のぶばあが、これまでどれくらい土と向き合ってきたのか。その歩みの一端を見せてもらえた気がした。そして、たいらさんを探すと、向こうの方で一心に草抜きをしている姿が目に入ってくる。きっと、畑に立つと自然に身体が動いてしまうんだろう。草抜きという義務としての作業ではなく、『こうしてあげたほうが土も気持ち良いよね』と、土と話しているような姿だった。
それから、LFCが運営しているコミュニティガーデンを見せてもらったりしながら(ここにもたくさんの自作コンポストがあったことはもちろんのこと、コミュニティガーデンの楽しみ方や栄養循環の仕組みのボードがあったりして、誰もが一目でこの場所の価値や意義が伝わるように作られている素晴らしい空間だった)、LFCのオフィスでランチをしようということになった。住宅街の中にある真っ白な二階建ての可愛らしい家がLFCのオフィスで、門を開け、一歩足を踏み入れた瞬間から、階段も庭もテラスも大中小いろんな形のプランターがたくさん並んでいて、どのプランターも野菜やハーブが瑞々しく育っている。そして、オフィスの中を案内してもらうと、あちこちの壁に黒板が打ち付けられていて、そこには、現在のLFCが掲げるスローガンが手書きで書かれていたり、都市と里山の関係性が図でマップ化されていたり、壁一面に植物と土の光合成の仕組みを可愛いイラストタッチで描かれている作品が無造作に置かれていたりして、そこは、たいらさんの頭の中、今、考えていること、やりたいこと、これまでしてきたことがオフィス全体を使って表現されているような空間だった。
そんなオフィスの中や庭をぶらぶらしている内に、どうして僕がたいらさんに惹きつけられているのか、よく分かった。こうして、たくさんの野菜や植物たちを育てていることも、家のあちこちにいろんな色のチョークを使って、光合成の仕組みや、世界のCO2排出の内訳をグラフにしていることも、育てた野菜の種を採って可愛いガラス瓶に入れて並べていることも、全部、たいらさんがやりたくてやりたくて、楽しくて楽しくてやっていることなんだと感じたからだ。LFCも循環生活研究所も、たいらさんという人間そのまんまだったんだ。NPOや会社を率いてはいるけど、経営者というよりは、一人のアーティストなんだなと思う。日々、生きている中で、自分自身が見たこと、聞いたこと、感じたことを、音楽家なら楽曲にするように、作家なら小説を書くように、たいらさんは、それをLFCという作品にし続けているのだ。だから、「仕事だからこういうことやってます」というような社会人として生きていくためのツール感のような、お金を稼ぐための手段としての選択という社会人として身に纏う鎧のようなものが一切ない。つまりは純度100%。たいらさんという人のこれまでとこれからの生き方をまんま真空パックしたのがLFCだったから、濁りが一切なかったのか。だから、初めて会った時に、きれいな水の粒のような人だと感じだんだなと、改めて、初めて出会った時の印象が蘇ってきたりもした。
そんなことを考えていると、台所からスパイスのいい香りがしてくる。台所を覗くと、たいらさんがスパイスカレーを作っている。聞けば、それでカレーパンを作ろうとしているというので、少しは役に立たなければと、パンをのばして拡げて、そこにカレーを詰めて、餃子のような形にするのをやらせてもらう。めちゃくちゃデカくて、不恰好なパンになってしまったが、そこに庭先から収穫したサラダも載せて、綺麗に盛り付けてもらうと、これはこれであえてこんな不恰好な形のパンにしたのでは?と思うくらい、かわいらしいプレートランチが出来上がった。そんなタイミングで、講座を終えたのぶばあも帰ってきた。
見ているだけで、身体の中の細胞がワクワクしてくる色とりどりのランチは美味しすぎて、のぶばあからカレーパンをひとつもらってしまった。そして、いろいろな話をした。UFCの代表として感じている悩みもたくさん相談した笑。ふと、のぶばあの掌を見ると、つやつやでめちゃくちゃきれいな手をしている。たっくさんの微生物たちと触れ合ってきた賜物なんだなと思った。
おしゃべりが楽しくて、気がつけば夕方に差しかかろうとしている時間になっていた。「まだまだ、連れて行きたい場所があるから」と言ってくれるたいらさんの好意に甘えて、のぶばあの自宅兼加工場や、そこから歩いてすぐの地元の人しか知らない美しいビーチや、循環生活研究所のオフィスなども案内してもらった。
1日という時間は短い。だけど、僕の中には、何本もの映画を見て、何冊もの本を読んだような、情報というか、心の栄養みたいなものが溢れるほど満たされていた。モノみたいに形はしていないけど、いつも胸の中にしまっておいて、時折それを取り出してはエネルギーをもらえるような大切な贈り物をたくさんもらった。
こんなおっさんになって、こんな素敵な出会いがあるとは。土の神様がくれたご褒美かもしれない。LFCとUFCのストーリーは、まだ始まったばかりだ。さあ、僕は渋谷へ帰ろう。